ひなたぼっこ

一日、一日の中で 幸せだと思えることを一つづつ増やせますように。。。

もうすぐ就職5年目

ふと、今の仕事が4年間も続いていることに気付きました。4年間、すごくいろいろあって毎年毎年状況が変わっていたのでそんなになるなんて、とすごくびっくり!仕事1年目、2年目はとにかく仕事も人間関係も慣れなくて、悩んでばかり、愚痴ってばかりだったので。3年目になって仕事が暇になってきて、気持ちにもゆとりができたように思います。人間関係も慣れ、会社に行きやすくなった頃でした(多分、余程自分が会社に慣れなかっただけで、普通は1年目で軌道に乗る人が多いと思います…)。

大学4年間通ったのと同じ時間を終えるんだな…はぁ(溜息=3)。

ふと、就職って「結婚」と同じだ、と就職活動時代にどっかの就職雑誌とかに書いてあったのを思い出します。今になってすごくその意味が分かる気がしたんです。なんていうか、「お見合い結婚」のような。

会社や職場を選ぶ時に、雰囲気、人間関係、仕事内容とか、自分に合う会社を探し応募。そして就職試験の時に「お見合い」して、会社側もその人を選ぶ。一次試験、二次試験などを経て、採用されたらとりあえず「婚約」、自分でその会社に入社を決め、入社式を迎えたら「結婚」みたいな気がふとしたんです。

というのは、仕事って何年も同じ同僚と一緒に同じ仕事(内容は変わるかもしれないけど、私の仕事の作業はほぼ同じです)をするでしょ、人事異動とかない限り同じ職場で定年まで働くじゃないですか。定年退職者、新入社員などの入れ替わりによる変動があるくらいで、そこで多少職場の雰囲気が変わることもありますが。同期なんて定年まで働くとなれば30年以上もの長い付き合いになります。年輩の50代、60代の先輩方はそういった付き合いの人がたくさんいるわけで。

そう思うと5年目なんてまだまだひよっ子なんだけど、本当、入社して定年まで働くってそういうことなんですよね。だから、就職が結婚に似てるな、と思ったんです。実際、今のご時世になると定年後も再雇用されて働く人がいっぱいいて、定年退職する人は減っていますけどね。うちの会社はそういう人が多いです。会社もその人を必要としていますし。

と、ちょっと思ったことを今日は書いてみました。なんかめちゃめちゃ真面目な事?書いてしまったかも…

あと。秋篠宮妃殿下がご懐妊との朗報。字数がないのでとりあえず書き留めてみました。

今の自分へ

「なんでもいいからさ 本気でやってごらん。
 本気でやれば楽しいから 本気でやればつかれないから
 つかれても つかれが さわやかだから  相田みつを (本気より)」


本気、という言葉ってすごく強い言葉だと思う。
実は私が最近読んだ本に「本気」で常に生きている登場人物がいた。
医療現場で患者に対して本気になりすぎるから職場でいざこざが絶えない「ブラックジャックによろしく」の斉藤先生、話す時に余計な計算や同情をせず本気でぶつかれる「少女の器」の絣。2人とも身近な人にそう思われているんです。
常に本気になって生きるって正直、疲れると思う。でもそういう生き方が出来る人って魅力的だな、と思うのです。素直にその人を応援したくなるような真っ直ぐな気持ちだと思うんです。(2006/2/21追記)


ブラックジャックによろしく、の「精神科編」を読んでまたまた心に残る名言がありました。
精神病を装った人間による重大犯罪が起きてしまったことで、精神病患者は社会復帰できない、してはいけない、という社会観念が広まってしまったのだが、それは誤解だと世間に知らしめるために、ある新聞記者が行動を起こす。そして誤解を解く新聞記事を書く。その記事によって世論は変わるのかどうか、というところ。

「変化を感じたければ自分が変わらなければいい。」

これは自分の信念を正しい、と貫ぬくことで、世論は変わっていくのかの変化を感じよう、という意味。すごく強い決意だと思うし、なかなかできない決断だと思う。

自分の考え、生き方に肯定できるものってあるかな、とふと思う。常に私は「これができないからできるようになるため、こう変わらなきゃ、今の自分はダメだ、これじゃいけない、自分は変わらなきゃ」と思うのだけど、変わらない、そしてどうしても変われない部分もある。変われないことで自己嫌悪に陥ることが多いです。
でも、変わらないことで周りの変化を感じることは今の、そして今までの自分自身を肯定することにもつながるんじゃないかな、と思うのです。

あと、もう一つ。研修医の斉藤先生がお付き合いしている皆川さんという女の子が、例の新聞記者と斉藤先生について話をした時、彼に対しての気持ちを告白。

「もしも、彼が誰かに否定されたとしても、私だけは彼を肯定してあげようと思っているんです」

大切な人に肯定してもらえるっていうのはその人の大きな支えになるし、自信にもなると思う。私はせめて親兄弟の身内と自分自身だけでも肯定できるようになりたい。時々不満いっぱいで衝突することも多いけど。

できれば自分で作った家族、家族になりたい、と思える誰かに対してそう思えたら幸せなことですね(恥ずかしい!絶対口で言ったらひきつりそう…走る逃、逃)

男たちの大和/YAMATO

レイトショーで見に行ってきました。一言で言うと「一度は見ておきたい戦争映画」。で、映画見てない方に申し訳ありませんが、多少ネタバレあります。ご了承ください。

本屋さんでは、戦艦大和を作るのにどれだけの苦労を費やしたか、という本が並んでいるし、広島・呉に「大和ミュージアム」ができたことで、戦争を肯定している、と誤解を招くのではないか、というような記事を過去に見たことがありました。なので、戦艦大和がかっこいい、とか憧れの気持ちってのは正直ないです。軍艦を作る技術が素晴らしいとか、そういう考えは持っていないし、持ちたくないなぁ…

映画を見たら、全くそんな観念(ヤマトがかっこいい、戦争肯定とか)起こりませんでした。戦艦大和の乗組員になることに憧れて新しく入ってくる10代の若い少年。しかし乗組員になったら、お国のために命を投げ出すということが当然、という観念を植え付けられてしまう。がどういうことなのか、自分の身に降りかかる事がどういうことなのか、分かっていない。でも、みんな「死ぬのは怖い」。いくら戦争だから、といってもいざとなれば生きたい、死ぬために戦って何の意味があるのか、という葛藤も出てくる。神風特攻隊によく似ているような気がしました。

で、昔「バトルロワイヤル」の映画があったけど、この映画が戦争になんとなく通じているような気がしました。この映画も一回見たらもう見たくないくらい私にとって衝撃的っていうかショックだったんだけどYAMATOとバトルロワイヤルの戦闘シーンって似てる気がしました。なんていうか、酷い、という面で。

YAMATOが沈没させられて、ほぼ全滅の状態になった中で乗組員の中には生きて帰ってこれる人もいました。しかし生きて帰って来れたのに、罪悪感を感じてしまう世の中。
その乗組員はそのお母さんに対して

「生きて帰ってきてごめんなさい、ごめんなさい

と頭を下げて謝り始める。それを見たお母さんは彼に

「あんた、生きなさい。死んだらいけんよ、生きるんよ」

と言っていたのがすごく印象的でした。ちょっとここ、ネタバレっぽくて映画を見ていない人、ごめんなさい。ここがかなり感動させられました。なんで無事に帰ってきて嬉しいはずなのに、罪悪感を感じなきゃいけないの、酷いよ、と1人怒りを感じたし、とてもつらいシーンでした。

一緒に映画見に行った友達と「戦争経験した人にとってはつらいかもね」と話しました。
かなりリアルに書かれていて思い出すのがつらい人ももしかしているのかな、と思ったりしました。

私、今の年齢(20代半ばです…)になってやっと理解できそうな内容な気がした。というのは過去、私は小、中学生時代にやたらと「平和学習」と称して戦争の勉強、修学旅行は平和学習、遠足は原爆資料館(過去、3度は学校行事で行きました)と、もううんざりしてしまったことがあるんです。広島の人間だからそういった勉強はするべきだと思うけれど、学校側のやり方にうんざりさせられてしまって。

県外の近畿の友達が「平和学習って大切やで、そういった勉強があるから日本は平和なんや」と言った時、申し訳なかったです。映画館には若い人からご年輩の方まで幅広い層の方々がおられました。みんな、興味あるんでしょうね。一度は見ておきたい映画のように思います。私も一緒に行った友達も「見てよかった」と思いました。

最後に。私は広島が地元なので映画中の「広島弁」を聞くとなんとも「あまいね、広島弁はこんなん違うわいね。もっと自然にやってくれんといけん~」とちょっと突っ込みたくなってしまいました(余計なことでした、すいません…)

熱海花火大会

私は9月から来年の1月末まで横浜へ仕事で出張の予定で、その間に親が「横浜に行きたい」と言っていたのです。それで出張期間中に親に横浜に遊びに来てもらう予定だったのだけど、期間短縮になり11月中旬には実家に戻ることになってしまったのです。その結果、滞在中に親に遊びに来てもらうことはできなくなてしまいました。

でも、親は鎌倉で紅葉を12月頃見に行きたい、と言っており、12月には「熱海花火大会」があったので、12月4日に熱海へ親と旅行することを決定。その時母の兄弟も一緒に横浜に来ることになっていたので、おばさん2人と母、私の4人で熱海へ。私と親は地元広島から熱海へ向かうことになりました。おばさんは愛知、奈良なので新幹線で途中の駅から合流しました。

私も熱海へ行くのはすごく憧れだったので実現したのがすごく嬉しかったです。また熱海は母の両親、つまり私の祖父母の新婚旅行地だったそうで、改めてここに来れてよかった、と思えました。

熱海に着いてから伊東線に乗って来宮へ。伊東線の電車は普通のJRなのに観光列車みたいで景色が見られるような席になっているのです。たった一駅で140円でしたがなんとなく贅沢気分を味わえました。
  89df32c6.jpg
 


                 
←梅園の滝。とてもキレイでしょ。
着いたら雨がちらついていたのですが紅葉を見に熱海梅園へ。
梅園はその名のとおり梅で有名な観光名所なのですが紅葉もきれいなのです。四季折々の景色を楽しめるところのよう。
なんというか滝がたくさんあって、キレイなところだな、と感じました。紅葉は確かに赤かったのですが、今の時期になると枯れてるものも多少あったり。でも写真では載せられませんが真っ赤できれいでした。


次は熱海観光地、起雲閣へ。ここは熱海三大別荘と言われた名邸。その後旅館に生まれ変り、過去に有名芸能人(薬師丸ひろ子、江守徹、他多数)や三島由紀夫、太宰治などの文豪が多く泊まりに来ている高級旅館だそう。庭園がとてもキレイで、日本、中国、欧州の装飾、様式を融合させた独特な建築物です。

6c3f0a59.jpg
  
 ←建物の中から撮った起雲閣庭園。この日は雨が降っていてしかもこの時間が夕方4時ごろだったため少し暗いですが景色がとてもキレイでした。
観光に来た方には庭園に出て写真を撮る方も多くいました。

ここの庭園が旅館から観光地になったのは2000年だそう。観光名所としては歴史が浅いのですが建築物としては古いのでレトロな雰囲気なんです。見物していたら70代くらいの係員さんが飾ってある椅子のほうへ手招きして

「さあさあどうぞ。ご説明いたしますので座ってください」

と言ってくださったのが温かかったです。本当に丁寧に案内してもらえる素敵な観光地でした。

私達はかなりゆっくりとそこで見学をして、見学終わってからは建物内の喫茶店へ。私はオレンジジャムを入れて飲む紅茶を頼みました。なんとなくリッチな気分を味わえた時間でした。

次はメインの熱海花火大会へ。12月の寒い時期、花火をどこで見ようか、と悩み
「外は寒いよね」
ということでどこか建物の中に入って花火を見ることにしました。
花火が始まるのは20時20分。起雲閣を出たのが17時。この空いた時間、どう過ごそうかと考えながら花火大会の行われるサンビーチへ向かいました。

行く途中で坪内逍遥の墓地である、海蔵寺を見つけ記念写真のみ撮りました。海蔵寺内部の見学はなしで(疲れててそんな元気なし…)

a537a6de.jpg
サンビーチに到着し「貫一・お宮の像」という金色夜叉で有名なあの像がありました。暗くてわかりにくいかもしれません…私は金色夜叉の話を読んだことがないのですが、叔母さんに聞くと結構悲しいお話みたい。せっかく像を見たのだからいつかこの本を読もうと思った次第です(いつになることやら…)。


サンビーチ周辺をさまよっていた私達4人組。お腹もすいてきてどこか喫茶店に入ろうか、と思いあるケーキ屋さんに入りました。で、うちの母が
「ここで花火は見られませんかね」
と言い出したのです。ちょっと、図々しいじゃないの、と思ったんですが、なんとそこの喫茶店では

熱海花火大会セット

がメニューにあり、コーヒー、ケーキセット付きで花火を見ながら飲食できるところだったのです(ケーキ、コーヒー付で1人1000円音符しかも個室っぽくて素敵な部屋でした)d44ed72d.jpg
母達姉妹3人は黒墨ロールケーキ、私はごまロールケーキをorder。


母、お手柄。私、叔母さん達も大喜びで、なんとか花火を見る場所を確保できました。その頃夕方18時過ぎ。喫茶店は後でまた来ることにして予約をし、別の場所で夕食を食べることにしました。そこの喫茶店のお兄さん、とても気の優しい人で熱海の飲食店の案内広告をくれました。本当に得しました!

ゆっくりと夕食した後、また先ほどの喫茶店へ戻りました。


642f86b1.jpg
←携帯の写真から撮ってるんで感動が伝わらないかな…

喫茶店でコーヒー、ケーキを優雅に戴きながら暖かい部屋で花火見物をしました。
なんか、これもリッチな気分。女性4人で贅沢気分満喫です。
そこのお店にあった「万華鏡」がまた面白くて花火が始まるまで万華鏡をくるくる回していました(笑)

おばちゃんも私もシャッターを押しっぱなしでした(笑)シャッター押すより黙って花火見たほうがよかったかも、と思っても後の祭り…面白かったです。

夏と違って寒いんですよね。夏の花火大会とは違いますし、地域による花火の違いもあります。
ただ、ガラス越しに見てしまったので多少感動が薄かったかもしれません。
今度冬の花火大会を見る機会があれば寒くても外で見たほうがいいかな、と思います。

熱海の花火大会、というのがあることに驚いたのですがこれも横浜出張があったからこそ。出張はいろいろ大変でしたが…こんなイベントが見つけられたという面では大変よかったです。

※追記
翌日は鎌倉へ行きました。お天気は晴れ太陽
母達と行った回数含めて鎌倉は4度目…私はもう鎌倉名人ですダンス認めるのは複雑な心境…寺は好きなんですよ。京都は寺だけど、鎌倉は大仏とか仏像が多い気がします。

a33d499d.jpg
藤沢駅でお土産に「鎌倉五郎本店」のドラ焼きを買って、藤沢から江ノ電で鎌倉大仏、長谷観音を見に行きました。江ノ電から見る海の景色は本当にテレビで見るものと全く同じ。12月でもサーファーがいます。雨の日でもサーファーはいるんですよね。それはびっくりしました。
鎌倉でも真っ赤な紅葉を見て、大仏様を見ました。何度目って4度目の大仏様拝観(笑)
写真は江ノ電から見た海です。もしかしたら地元の海の景色にも似ているかもしれません。冬にサーファーがいないだけ?!大波


2459342e.jpg
帰りは新幹線から富士山を見ました。行きでは叔母さんと話してばかりだったので富士山見てなかったんです。すごく感動!!新幹線からだったので、今度はガラス越しでないところから見たい、と思ったことでした。

鎌倉話も今さらながら追記してみました(06/5/1)

愛・地球博へ

12日の出勤と残業を終えた夜、夜行バスに乗って地球博に向かいました。
12日深夜出発、13日の23時帰宅。
今日は簡単な旅行記を書くことにします。

家族4人でバス待ち合わせ場所まで電車に乗っていき、コンビニでお菓子積み込んで。しかし、バスで寝るってのは全くできなくて、到着した頃、添乗員さんの説明を聞いてる時に寝そうになるほど、睡眠不足。寝不足のまま、会場へ…

早朝6時半に会場前に着き、お盆なので9時開場が30分繰上げで8時半開場。入場者は皆目的のパビリオンの整理券求めてダッシュ。私ももちろんダッシュしました(笑)で9時頃までに一つだけ企業パビリオンの整理券が取れたので、そのパビリオンが始まるまで他の場所へ。この企業パビリオンが地球博で人気で、なかなか入場できない。整理券ゲットのために朝からダッシュでした。

午前中は長久手会場からゴンドラに乗って、瀬戸会場の瀬戸日本館(日本の文化を伝える映像だけでなくて人間が演じるショーがあり、面白かったです!)に行き、また長久手会場に戻って企業パビリオンのトヨタ「ロボットの音楽演奏(九ちゃんの「見上げてごらん、夜空の星を」をロボットが演奏していたのが自分では感動)」。

午後から冷凍された本物のマンモスの見学(父と弟の強い希望で)、外国館ではアメリカ館(テロ対策のため厳戒体勢がどのパビリオンよりも強化されていたけれど、席が震動したり雨が降ってきたり楽しかったです)、カナダ館(ほとんど映像ばかり。カナダの人の説明、案内付き。無料で絵葉書がもらえました)を見に行きました。

バス旅行で、滞在時間7時間という限られた時間の中でお土産はほとんど買う時間がなし。お土産屋に入るだけでも行列で、ゆっくり見る時間もなく、ダッシュでバスまで戻りました。

本当に朝から走ってばかりだった。昼間はカキ氷、アイス、ジュースを常に持ってるくらい買いました。もうとにかく暑かった。目的のパビリオンに向かうのは体力と時間の勝負という感じ。

バスで深夜の時間使って移動するのは結構しんどいけれど、時間を有効に使うという意味ではよかったです。しかも安いし、早朝に到着するので人気パビリオンを見ようと思ったら深夜バスで来る方が目的のパビリオンの整理券が取りやすい!ただ夜のイベントが見れなかったのが残念でした。

家族4人で旅行って、最初はいろいろ揉めてしまい、「やめよう」という話になっていた。これじゃ永遠に家族旅行なんてできない!と思い私が家族納得させた感じだった。行ってから親が「行ってよかった。本当によかったわ。また夫婦で地球博に行こうかしら」「今度はゆっくりと京都や東北に行ってみたいね」と言ってくれた。それは私も今回旅行ができてよかったと感じた。

今日はゆっくり休もうと思います。とにかく暑かった!
月別アーカイブ
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ